<内容紹介>

 

巨大台風が上陸寸前の香港で、

インターナショナルスクールに通う

16歳の少年・草薙(くさなぎ)マリオは、

大型バイクに乗ったテロリストの男と出会い、

破壊と暴力を生み出す魔性のアイテム

『紅い拳銃』の

継承者に選ばれてしまう。

マリオの人生はこの夜を境に一変し、

世界を根底からくつがえす

アウトローになる道を歩み始めることになる────。

 

The End of Violence、ルビー・ザ・キッド。

導入の第1章。



<この章の登場人物>

草薙マリオ
HongKong Central I.S. セカンダリー1年生。16才。感受性の高い少年。

周 美猟(チョウ・ミカリ/ミカエラ・チョウ)
HongKong Central I.S. セカンダリー2年生。17才。資産家・周一族の令嬢。

ハル・リンドバーグ
HongKong Central I.S. セカンダリー2年生。17才。マリオの幼馴染み。

猫 白露(マオ・パイルゥ/ニーナ・マオ)
HongKong Central I.S. セカンダリー2年生。17才。マリオの幼馴染み。

武 花琳(ウー・ファリン/サブリナ・ウー)
HongKong Central I.S. 英語教師。26才。

テロリストの男
『紅い拳銃』の依り代。使者。マリオを魅了して連れ去る。

 

 

 

 

◆試し読みサンプル◆

 

 

 

 

Bullet:01 マリオ



 香港を直撃しつつある巨大台風『ブランカ』は天文台観測史上最大級のモンスターで、そんなものが四月の九龍クーロン半島にやって来るのは、太陽活動 の不活性化と環境破壊のコンボにやられて地球が気候変動のメインステージに入ったせいで、世界はポイント・オブ・ノーリターンを超えてしまった、半世紀を 待たずして人類は二百年続くミニ氷河期に突入するだろう、みたいなことを、科学者や評論家が昨日テレビで語ってたけど、

 今さら騒いだって遅せーんだよバーカ、
 さあ行くぞ、覚悟しとけ、
 メチャクチャにしてやっからさ、

 とばかりに南シナ海沖で勢力を発達させた『ブランカ』は、天文台に十時間後の〈シグナル・テン〉発令を予告させ、香港七百四十万市民を高層ビルの中に押 し込み、スカスカの屯門公路テュンムン・ゴンロゥを走るローズレッドのカブリオレ・ベンツを横殴りの突風で蛇行させて、助手席に座っている僕にゲロを 吐かせようとしている。
「あれーマリオちゃん、車酔い?小っちゃい子供みたい。かーわいい♡」
 ウー先生が運転席で楽しそうに言う。
「さっき寄ったコンビニで、あんたがリキュール飲ませたからだろ!」
 後部座席からハルが突っ込む。
 そうだよそのせい、と口を押え、呼吸を整えつつ僕は頷く。
「ジュースって、嘘ついて、イッキさせた。マリオがアルコールにムチャクチャ弱いの、知っててわざと。悪乗りで」
 ハルの隣りでスマホをタップしながらニーナが言う。でもそれちょっと違ってて、ハルもニーナも先に店出て車に乗ってたから知らないけれど、リキュールは武先生に不意打ちの口移しで飲まされたのだ。
『はいマリオちゃん。美味しーよ(瓶を差し出す)』
『・・それ今、先生、飲んだやつ』
『あー。間接キスになっちゃうかァ』
『(背を向ける)』
『やっぱ、チューは直接が良いよね(瓶をあおる)』
『?・・何言っ(振り返る)』
『んっ♡(チュウ)』
『!!!(ゴックン)』
 コンビニのレジの真ん前で武先生はこれをした。店員の女の人が固まってた。もちろん僕も固まった。とろりとした唇の感触と激しい吐き気がミックスされた、最悪のファーストキスだった。酷すぎる、取り返しがつかない、生徒への極悪なセクハラだ!とガツンと言ってやりたいけど、口を開けたら最後なので僕はじっ と黙っている。

 ♪ Headline-News, Hon-Kong World Wave!♪
「台風『ブランカ』の影響による強風の中、ビクトリア・パークで三万人が反政府デモを継続中です。〈シグナル・テン〉の発令前に彼らを解散させるため、四千人の警官隊が避難を呼びかけていますが、デモ隊に応じる様子は見えず、緊迫した状況が続いています」

 カーオーディオの音楽番組が終わってヘッドライン・ニュースが流れる。武先生がチャンネルを変える。
 
「昨日、中環ジョンワンの交易所と香亜銀行本店ビルを、オートバイに乗って襲撃した犯人は、幹線道路の通行制限のため今だ市内に潜伏中と見られ、警察 は三百人態勢でその行方を追っています。犯人の男は拳銃の他に強力な爆発物を使用しており、反政府活動に加担するテロリストである可能性が高いと」

 先生がさらにチャンネルを変えてヘビー・ラップが鳴り響く。ヒップホップ大嫌いなハルが獰猛に唸り、ニーナが無表情に舌打ちする。
「空にハリケーン、地にはデモ隊と警察とテロリスト!ふさわしい夜じゃなーい?シグナル・テンが発令されてこの道がクローズされるまで、クレイジーなテンションで飛ばしましょう。そしてスカッとするの。嵐の後の青空みたく」
 ビートに体を揺らしながら、僕を見つめて武先生が微笑む。
「何ならアタシと後ろの二人、好きにしちゃっていーんだから♡」
「は?何言ってんだエロ教師が!」
白痴バッチー柒頭チャッタウ下賊貨シャジエンフォ。幼馴染で、そんなの無い無い」
 ハルとニーナが同時に言う。ニーナはするすると粗口チャウバウを使う。
「あっはっはァ!ハルもニーナも嘘つきだなぁ」
 武先生が能天気に笑う。後部座席の空気がスッと変わる。振り返るとハルが半眼になってて瞳が暗く底光りしている。この後必ず爆発する目つきだ。
「・・いい加減にしてくんね?これ以上はしゃいでウロウロしてっと、事故るかトラブるか絶対するぞ」
 うん。僕もそう思う。
「どうする?マリオちゃん。帰りたい?」
 本ギレ寸前のハルを無視して、武先生が僕に訊く。横顔から少しだけふざけた感じが消えている。

「あの女のこと、綺麗に忘れたいんでしょ?」

 その一言で、台風のこともテロのことも、先生やハルやニーナのことも、吐きそうになってる自分のことも、一瞬でどっかへ消えてしまって、今日の午後の美術教室の記憶で、僕の頭はいっぱいになる。
 彼女の声。
 彼女の瞳。
 温かい舌と冷たい唇。

「あなたのこと、人には見えない」
「だから、つき合わないし、モデルにもならない」
對唔住ドインジュー(ごめんなさい)」

 ぐぼ、と胃の底から熱いものがこみ上げ、窓を開けて顔を突き出し、蛇口みたいに僕は吐く。
「ばーか!何やってんだ」
「マリオ、終わった」
 ハルとニーナの声を聞きつつ涙を流して僕はむせる。ハンドルを叩いて武先生が大笑いしている。
「大丈夫かよ?」
 伸びてきたハルの手を肘で払い、息を整え、口を拭って、真っ暗な空を僕は見上げる。対岸の香港島の高層ビルの上を青白い雲が渦状に連なり、凄いスピードで流れていく。まるで台風『ブランカ』が世界を巻き取り、飲み込もうとしてるみたいだ。
「綺麗だな」
 と僕はつぶやき、あははと笑って目を閉じる。

 美猟みかり先輩は僕に撃ち込まれたダイヤモンドの銃弾だ。忘れたいとか、思うわけない。

 

 

 

 

 

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